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アドラー心理学トーキングセミナー 野田俊作 星雲社

友人からお借りして、読み始めたのだけれど、なかなか落ち着いた読書ができない時期だったこともあって、一度中断して、アレックス・カーヴァを五冊読み、また再度読み始めたものです。それなので、ずいぶん時間がかかってしまいました。

私は知らなかったのだけれど、アドラーってユングやフロイトと並ぶ偉大な心理学者なのですね。著者はアドラー心理学を勉強した方で、とってもわかりやすいお話をしてくれています。

なんかね、明確で、センチメンタルじゃなくて、とっても簡単そうにできるように思えて、実はとっても難しいのじゃないか、と思うような心の運び方をする実践法なのだな。自分の不安や不満を解消するためには、こんなふうにやっていけばまず大丈夫です、なんて書かれていると、悩みというそのものが、大きな誤解のように思えてきて、明るい気持ちになるから不思議です。

以下は自分のための覚書
人間は、自分の性格に一致するように外界の出来事に意味づけをするということ。性格というのおは、その人固有の信念の体系なんです。思い込みのシステムと言ってもいい。個人の思い込みは、一種の色眼鏡として作用して、その人の信念体系に合致するように、世界を勝手気ままに解釈してしまいます。

今までのパターンでうまくゆかないのなら、そのパターンを捨てるしかないんだけれど、なかなかそうはしないのですよ。

性格っているのは、変わりにくいと言えば非常に変わりにくいんです。ただ「変えないことを決断している」ということに注目してほしいんです。だから、決断をやりなおせば、まことに簡単に変わるんですね。

無意識とは、まわりの人びとはよく知っていて、本人だけが知らないもののことだ。

ものの見方、振舞い方を性格というのです。

親の言うことではなくて、やることを見て、子どもは育つんです。恐いですね。

過去は現在を縛らない。過去なんか関係ない。今ここで何を決断し実行するかだけが、われわれの幸福への鍵なんです。
(ここで、私の独り言。おお、その通りだなあ。私の知り合いのある人も、過去に縛られて怒りを持続させている。不幸なことですね・・・・)

ルールはわれわれの道具なのであって、われわれがルールの道具なのではない。

人間は、「なになにはやめておこう」と決心するだけでは、その行動はやめられない。「なになにはやめて、かわりにこれこれをしよう」と決心しないとだめなんだ。ところが、夫婦関係や親子関係については、自分の親以外のモデルを知らないから、どうしていいのかわからないので、つい親のやったようにしてしまう。

集団の価値観はゆるやかなものであるのがいい。極端な価値観は極端な反体制派を作る。寛容は、すべてをおだやかな中庸にする。狂信は、別の狂信を産む。

「私は自分のことが好きだ」と言えるためには、「私は役に立つ人間だ」と感じていなければならない。また、「役に立つ」相手はこの世界なんだから、世界が好きでなければならない。嫌いな世界にたいして役に立とうとは思わないでしょう。
 自己受容と他者信頼と貢献感とは、実は同じものなんです。共同体感覚という1つのものの3つの側面を言っているだけなんだから。「私のいとしい私」と言える人だけが「私のいとしい世界」と言える。「私のいとしい世界」と言える人だけが、「世界に必要とされている私」を感じることができる。そして、そういう人にたいしてだけ世界は、「私のいとしいあなた」と言ってくれる。共同体感覚とは、このような、私と世界とのエクスタティックな交感(コミュニオン)なんです。

人が変えられるのは自分自身だけなんだから。誰の問題かを分離するということは、「悪いあなた、かわいそうな私」をやめて、「私にできることは何か?」を問いはじめるということなんです。(私の独り言。ここを読んでほしい人がいる)

「とりかえしのつかないことをしてしまった」と思うのなら、とりかえせないんだから忘れればいい。そして、同じ失敗を二度としない工夫をすればいい。それなのに後悔ばかりしていて、「今ここで」起こっていることを見ないから、またぞろ同じ失敗をしてしまう。

「不安」と「ゆううつ」とは思考と深いかかわりがあります。われわれが考えるのは、過去の反省か未来の計画についてでしょう。過去の反省にともなう陰性感情が「ゆううつ」であり、未来の計画にともなう陰性感情が「不安」です。

JUGEMテーマ:読書


モリヤ * な行 * 09:11 * comments(0) * trackbacks(0)

『ウェブ社会をどう生きるか』 西垣通  岩波新書 

情報は伝わらない。ことばは通じない。
情報もことばも、相手の解釈によって意味合いを変えていくから。しかし、伝わらないことに絶望したり、軽蔑や卑下することはしないでほしい。それは関係性を作るものとして機能すべきものだから。

ヒッポのレターシステムとも通じる所もあって、この著者から「ことばと人間」という切り口での話を聞いてみたいと思いながら、わくわくして読んだ。いつかこの教授に、名刺持って会いに行く!という野望を抱いてしまった(汗)
てんこ * な行 * 01:04 * comments(2) * trackbacks(0)

二十四時間  乃南アサ 新潮社

24の時間がタイトルになった連作の短篇、というので読んでみた。
この作家は初めて読んだのだけれども、短篇と、いうよりも、エッセイのような感じのする作品が多いと思ったな。
モリヤ * な行 * 13:09 * comments(0) * trackbacks(1)
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