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縦糸横糸 河合隼雄 新潮文庫

なんとなく気持ちがすさんでいるときは、河合さんのご本が助けになる。
この人の本ならば、心を鎮めてくれるだろうと思う。
読む前から、そんな先入観を持つのは、今までたくさんの河合さんのご本を読んできたからだ。
そんな作家(河合さんは小説家ではないけれど)に出会えたことが幸せだと思う。

これは、産經新聞にコラムとして発表されたものをまとめたものだ。
コラムなので、1つ1つが短く、また易しい文章で書かれている。
私には、ありがたいことだなあ・・・・

抜粋
・・・簡単にその「原因」などわかるはずがない、ということである。原因ー結果という一筋の道筋によって、これほどのことを説明したり、納得したりしようとする態度を、まず棄てることだ。「なぜ」と問えば必ず答えが返ってくるはずだ、というのは現代人のあさはかな思い込みである。

・・・結局のところは、善悪に関しても個人の判断が重要になってくるが、その判断に関しては、明確な自己責任が伴うことになる。このとき、判断のあり方は各人の「まったく自由」と安易に決めつけてしまうのが現代日本の悪いところである。自由に考えるためには、そこに何らかの規準が必要なのだ。規則あってこそ自由が生きる、という逆説を日本人はもっと知るべきである。

・・・子どもの心を理解することは大切だ。(中略)しかし、理解することと甘くなることは別のことである。むしろ思春期の心の深みに生じている凄まじい嵐のことを理解した人間は、その嵐から少年を守るために、どれほど強力な壁としてその前に立ちはだからねばならぬかがわかるはずだ。
 ここで「壁」と言っているのは、しっかりと立っているということだ。やたらに子どもに対して、「あれをせよ」とか「これをするな」と細かく干渉したり、力で押えつけたりすることではない。「壁」は「ここからは絶対駄目」としっかり立っているが、自分から動いて人を押さえつけたりしない。

・・・「してはならないこと」を規制することに熱心になりすぎたり、「してはならないこと」をしないように気を遣いすぎたりすると、「するべきこと」をする気持ちが弱くなってくるのが、人間というものであろう。

・・・私は、現代人というのは他に転嫁するのではなく、自分のなかにある不安や悪の存在を、しっかりと見つめる義務があると思っている。そうすると、徐々にではあるが、自分なりに自分を支える拠りどころが形成されてくる。それによって、相当に班は収まるし、自分の外に無用の悪を探し出す必要もなくなってくる。しかし、それは「絶対に正義」ではないことを、自覚していなくてはならない。

・・・家庭教育というものは、家庭でしか味わえない安心感や温かさなどを基盤として、そのなかで、しっかりとした規範を親から子へと伝えられることによって成立するものである。(中略)真の自由が厳しい規範を伴うことが理解できず、野方図な自由放任になってしまった。

JUGEMテーマ:読書


モリヤ * か行 * 15:50 * comments(0) * trackbacks(0)

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