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陋巷に在り(9)~(13) 酒見賢一 新潮社

13巻、読み終えてしまった・・・・
9巻は「眩の巻」
10巻は「命の巻」
11巻は「顔の巻」
12巻は「聖の巻」
13巻は「魯の巻」

物語はどんどん進み、ええーーっという展開になるのでした。
実在の人物がたくさん出てくる物語は、どこまでが史実でどのあたりが違うのかを、無知な私は見分けることができません。ので、全て物語りとして読みます。が、きっと大筋は史実なのだろうな・・・・と思ったりもします。

面白かったです。
13巻もあるわけですから、登場人物もたくさんいますが、どの人物もその容姿が目に浮かぶのです。
身長2m以上もある大男の孔子、
色白でほっそりとした顔回
豪快で乱暴者ではあるけれど正義の人、子路
敵対する小正卯の気味悪さ
悪悦の残忍な表情
子蓉の妖艶さ

映画にならないかな・・・・ならないか・・・
顔回を金城武で、映画になったらいいのにな・・・・

メモ
君子は後に照らして心が苦しくなるようなことをしてはなるまい。

呪術の方法、または解除する方法には古来より掃くというやり方がある。文字通り掃くという簡便な方法である。そのさい箒は呪具ともなる。破邪の具にもなり、魔術の具にもなる。西洋では箒は魔女のトレードマーク的な道具として欠かせぬものだ。日本の神社では空中を祓麻で掃いて、祓い清めの儀を行うが、これも箒の術の一例と考えてよい。また祈晴の厭勝としてよく行われるてるてる坊主も、その元は掃晴娘と呼ばれるたいてい紙の雛人形である。掃晴娘は両手に箒を持ち、雨雲を掃き散らすのである。

新しいものなど不要という叫びは、変化への恐怖が言わせるのである。その結果、天命をうけし者、本来なら尼丘が支援せねばならぬ者たちを拒むことになった。顔徴在が斥けられ、孔子は疎まれることになったのは、無意識であるにせよ、固陋の者たちにひどく恐れられたからであった。

思えばそもそも力自体に倫理道徳的なものはないのである。力を善く使って福をなすことも出来るし、力を悪しく使って禍をなすことも出来る。使う者は仕合せにもなれるし、その為に非業にして亡びることもある。しかし使われる力は同じものであり、ただ使う者の意図や目的により他者より道徳的評価が下されるにすぎない。実に単純なことなのである。神の力もそうなのかもしれない。
 たとえば人は食物を摂って、己の活動のための力とする。そして善事も行えるし悪事も行える。だが食物が与えた栄養、活動の為の力のどこに善悪があろう。食物は力であり生き物にエネルギーを与えるだけで、それには倫理性も道徳性もない。ただそれを食した者には責任というものが発生する。つまりは人間に道徳倫理を弁える必要があるだけである。

秘や密というものをあまり舐めないほうがよい。それを語る者をまず怪しむべきである。理なる視力を持たぬ者は容易にうまい話の被害に遭ったり、非現実的なオカルトを信じ込み、常識外れのイデオロギーに取り込まれ、陰謀史観のようなものの虜となる。一度そうなってしまったら、その枠組みに固着してしまい、捨てたくないばかりに感情で物を言うようになる。秘密を見る視力を持たぬ者はあっさりと心の闇の中に墜落する。

・・・一本の芯、焦点があり、それに沿って内面に入り込む。だが思考などをいう堅さはなく、さりとて妄想にぶれることもない。その意識は凪の海のように広がり、また静かであり、潮の流れに任せているが、ゆれ動かない一点の的がある。思いに沈潜もしないし浮上もしない。
 これを宗教者は瞑想というかも知れないが、「瞑想」と名付けてよんだ瞬間に意識は枠にはめられてしまい、堅くなってしまう。心の波に名という固定はないのである。




 
モリヤ * さ行 * 09:42 * comments(2) * trackbacks(0)

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コメント

>> 映画にならないかな・・・・ならないか・・・
>> 顔回を金城武で、映画になったらいいのにな・・・

という、部分に反応してしまいました。

モリヤさんて、そーゆー人でしたっけ〜?!
最近、悪い友達ができたんじゃないですか〜〜!!
それとも、これが「素」ですかーっ?

武ちゃん映画、また、行きましょ〜ね〜〜♪

書き抜きの「・・不要という叫びは、変化への恐怖が言わせる」
うん、これってあるよね。

Comment by 武ちゃん映画の友 @ 2009/10/30 8:54 PM
武ちゃん映画の友さん
うふふ・・・・どなたの影響でしょう・・・
もともと持っていたモノを増長していただいたのかも・・・・

顔回、武ちゃんがぴったりだと思うのですよ・・・・
妖艶な子蓉は日本なら中谷美紀あたりかなあ、とか、
子路はレッドクリフの張飛の役をやった人かなあとか、
中村獅童がこわい悪悦かなあとか(原作ではもっと線の細い感じもしますが)
おもしろかった小説は、
ついついキャストを想像して楽しんでしまうのです^^

また映画、一緒に行きましょう!

そういえば、今、白洲次郎について書かれたものを読んでいますが、
先日、NHKでやった白洲次郎のドラマで次郎役をやった俳優さん
お名前がわかりませんが
もうぴったりです!
そういえが、おくさまの正子を中谷美紀が演じていたなあ・・・
Comment by モリヤ @ 2009/11/01 11:47 AM
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